×

[PR]この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。


ME   ABOUT   TOP   DIARY   LINK   WEBCLAP
乱雑に散らばる書類にチラチラと目を通しながら飲むコーヒーはおいしかった。
いつからだろう、コーヒーをおいしく感じたのは。
ふと見た隣の机は気持ち悪いくらいに整理されていて、付箋だらけのファイルが何冊も並べられている。
「う〜ん……やっぱりこの子はもっと投げ込みを……」
手に持っていた書類を上から下へ。何回も見直しながら私はそう呟いた。
不意に出たその言葉をすくい上げたのは、整理された机の上に新しいファイルを置いた、その人だった。
「早川先生、どうです、今度の練習試合に向けての調整は?」
「い、猪狩先生……そ、それはもちろん絶好調です!」
「それは楽しみですねぇ。僕のクラスも絶好調ですから」
ニコッとその端整な顔は笑った。
自信に溢れ、なおかつ落ち着いてて。同期なのに……。

私がここに講師として招かれて、早数ヶ月が経った。
いきなり「講師として来て欲しい」と言われた時は驚いたし
何より私に講師なんて勤まるのかどうか、疑問だった。
ここ、パワフルアカデミーは野球選手養成施設として、つい最近出来たばかり。
その記念すべき第一期生の一クラスを私は担当している。
そして、同い年の猪狩君も同じように一クラス。
高校時代に何回か、猪狩君と戦ったのだけれども……
正直格が違うと思ったし、尊敬の念すら抱いていたし……。

いざ、同じ立場に立ってみるとやはり感じるものはたくさんある。
一つに、各クラス対抗の交流戦で私のチームは猪狩君のチームに勝ったことが無い。
生徒達の力に偏りも無かったはずなのに、そういう結果が見えると
やはり指導力の差、なのかなと思ってしまう。
「ああ、それと……女性の机はもう少し整頓されていた方が」
「う、うるさいわねっ!分かってるわよ!」
ハっといつもの口調に戻る。
アカデミーでは講師は生徒の模範であるべきという理念の下、講師間の会話は基本的に敬語を使う事になっている。
気を付けていたのに、どうも同い年で同期の人と敬語というのは慣れないというか
何ともむずがゆい気持ちになる。
実際、アカデミー以外で猪狩君と話すときは敬語なんて使わない。
とは言ってもそれほど会う機会も無ければ話す機会も……。
クリスマスだとか、誕生日だとか、そういうイベントもそろそろ焦りの方が出てきた。嫌な感じ。

「ま、まぁそうカッカせずに……」
私の迫力に若干の苦笑いを浮かべつつ
抑えて抑えてみたいなジェスチャーをやってる辺り、猪狩君も落ち着いたんだなぁ。
高校生の時なんて、自惚れと自信が服を着て歩いてるようなものだったのに。
今はあの頃の自信とは別の、何だか大人っぽい雰囲気に包まれている。
私達ももうとびきり若いってわけじゃない、か。
「今度、夜景でも見ながら食事しませんか?」
そうそう、そういうキザな言葉がポンと出るのが猪狩君で――
え?
「早川先生と色々話したい事がありますしね」
え……あ……。
「は、はい」
「良かった。じゃあまたご連絡差し上げますね」
あくまでサラっと、かつ自然に彼は約束を取り付けて行った。
考える間も無く、気づいたら『はい』と答えていた私は何も無い空中に目を奪われ。
じわじわと正気に戻ると、自分でもビックリするくらい顔が熱くなった。
(2)

モドル